火星で生きる

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    火星で生きる
判型:B6判変型並製 / ページ数:196ページ / ISBN:9784255010526 / Cコード:0095 / 発売日:2018/04/19

火星で生きる

スティーブン・ペトラネック 著 / 石塚政行 定価: 1,815円(本体1,650円+税)

在庫: 在庫あり

火星移住は夢ではない。人類の希望であり、運命だ。

2027年、流線形の宇宙船が火星に降りていく——いまや問題は火星に「行く」ことから、そこでどう「暮らす」かへと移った。イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーズワンといった民間プレーヤーが宇宙をめぐって激しく開発競争を展開するなか、新型ロケットやテラフォーミング技術など、火星移住に向けた準備は着々と進んでいる。駆り立てるのは地球の危機と人類の探求心。数々の科学誌 編集長を歴任したジャーナリストが、宇宙開発史から環境的・経済的な実現 可能性まで、「最後のフロンティア」火星の先にある人類の未来を活写する。

「少し前までは荒唐無稽に聞こえた話が、現在では実現可能な話として語られ、もう少ししたら現実になっているだろう」……長沼毅(解説冊子より)


Small books, big ideas. 未来のビジョンを語る。
人気のTEDトークをもとにした「TEDブックス」シリーズ日本版、第11弾。

本書の著者、スティーブン・ペトラネックのTEDトークは以下のTEDウェブサイトで見ることができます。
www.TED.com(日本語字幕あり)




「火星着陸が成し遂げられた暁には、『スター・ウォーズ』や『スター・トレック』のような現実離れしたSF作品も現実的なものに見えてくるだろう。土星や木星の衛星だって、探査を計画してもよい場所のように思えてくる。その善し悪しはさておき、カリフォルニアのゴールドラッシュにも匹敵する一攫千金を狙う人たちも現れるだろう。地球の重力の束縛を離れて、想像の許すかぎり遠くにまで人類のビジョンは広がっていくということだ。人類が初めて火星の土を踏む瞬間は、科学上、哲学上、歴史上、そして探検上、今までにない重要な意味を持つことになるだろう。私たち人間はもはや、ひとつの惑星に留まる種族ではなくなるのだ」(本書より)



【解説】

火星に住んでみませんか?  長沼毅

 人間はもう45年以上、地球から離れたことがない。1972年12月のアポロ17号の月面着陸が最後で、あとはスペースシャトルによる地球周回軌道の最高点620キロメートルがせいぜいだった(1997年2月のSTS-82)。それはちょうど、アメリカとロシアと日本の火星探査機の失敗が相次ぎ、「火星の呪い」(Mars curse)と言われた頃だった。本書で「実に3分の2近くが失敗の憂き目」(46ページ)と述べている通りだ。ただ、この10年くらいは成功が多く、全体の成功率も50%を超えてきたのは、火星への有人飛行を論じるには良い傾向である。

 本書ではただ「火星に行く」だけでなく、「火星に住む」ことの可能性が具体的に説明されている。少し前までは荒唐無稽に聞こえた話が、現在では実現可能な話として語られ、もう少ししたら現実になっているだろう。それゆえに、この解説では本書の内容をよりリアルにするため、若干の補足をしようと思う。

 まず「イントロダクション」のはじめのほうに「2027年、〔…〕地球と火星の軌道が接近するこのとき、映像が地球に届くまでおよそ20分かかる」とある。これを正確に言うと、2027年の地球と火星の距離は1億14万~3億4330万キロメートルの間で変化し、光や電波での通信にかかる時間は5分38秒~19分5秒である。これだけのタイムラグがあるとコミュニケーションが難しくなる。「地球本部、こちら火星、火災が発生しました」「具体的にどこで発生しましたか、負傷者はいますか」。このやり取りだけでも最短で11分以上、最長だと38分以上もかかるのだ。火星で生きるには、ロケットや着陸船など理工系だけでなく、火星とのコミュニケーション術など人文系の参加も必要なことがわかるだろう。

 人文系といえば、火星に住むことの法律的な面にも触れておきたい。もう半世紀以上前、1967年に発効した「宇宙条約」の第2条で、月その他の天体を含む宇宙空間において、いかなる国家も領有権(取得権)を主張できないことになっている。ただ、国家ではなく企業や個人の領有権とか、土地の領有ではなく資源の所有権とか、いろいろな抜け穴もある。それを許さぬよう1984年に「月協定」が発効したが、肝心のアメリカやロシア、中国、そして日本も参加していない。しかも、アメリカは国内法(2015年宇宙法)で企業や個人による資源の所有を認めてしまった。

 宇宙条約の第6条では「打ち上げ国の責任」が謳われている。たとえば、いくらイーロン・マスクが「火星に行くのにNASAは必要ない」(41ページ)と言ったとしても、スペースX社の火星行きには打ち上げ国(アメリカ)の政府機関として、おそらくNASAが責任を持つことになる。オランダ本拠のNPO「マーズワン」(36ページ)はスペースXやロッキードなどを頼りにしているので、やはりアメリカから打ち上げることになるだろう。ところがオランダは資源所有を禁止した月条約に参加しているので、マーズワンの活動では資源の独占による莫大な利益が期待できない。そんなことにアメリカが国家として加担するだろうか。それでも、たとえ土地を領有できず資源を所有できなくても、「施設」の管理権を主張することはできる。広大な区画にフェンスを張り巡らして「立ち入り禁止」にでもすれば、事実上の占有になる。そんな抜け穴がまだある今こそ火星に行く好機なのだ、と喧伝することも可能だ。

 そうこうして火星に住むとしたら、どういう生活になるのか。僕の予想では、放射線対策も兼ねて地下空間に住むことになるだろう。火星に大きな洞窟があることは分かっているので、そこに〝ふた〟をして洞窟の内部だけテラフォーミングする。火星の地表に置いた集光器で日光を集め、それを光ファイバーで洞窟の内部に送って照らせば、暗い洞窟も明るくなり植物も育つ。また、地表に置いた太陽光パネルで発電し蓄電すれば夜の照明もできる。ただ、火星では砂嵐が多発するので、太陽光パネルに積もった砂を払うのに、ほうきを手にした宇宙服というシュールな光景が見られるかもしれない。

 最後に「放射線の影響はどうするのですか?」(63ページ)について補足したい。いったん火星に着いたら、上述のように地下に住むことで被曝線量を抑えられる。でも、火星までの飛行中は宇宙船の壁だけが頼りだ。太陽系外から飛来する宇宙放射線には超高エネルギーのものがあり、一発でも喰らったら「分厚い金属でさえ簡単に突き破り、電子部品を狂わせる」(108ページ)。実は、突き破ってくれたほうがまだマシで、へたに宇宙船の壁が遮蔽すると、今度は壁の物質が大量の二次放射線になって船内に降り注ぐことになる。

 二次放射線まで遮蔽するのに、イーロン・マスクの提案のように宇宙船を水で覆うなら(64ページ)、水の厚さは10メートル近く必要だ。火星への水の補給も兼ねるなら、それも悪くないかもしれないが、ずいぶん高価な水になるだろう。現状では、国際宇宙ステーション(ISS)でペットボトル1本分の水のコストは数十万円から百万円と言われている。火星に運んだ水ならもっと高額になるはずだ。それならいっそのこと、水ではなくお酒で覆ってはどうだろう。酒浸しの宇宙船というのもまた乙ではないだろうか。


ながぬま・たけし 1961年生まれ。広島大学教授、生物学者。火星移住を期す「マーズワン」のアドバイザーを務めているほか、「火星協会」の擬似火星施設(MDRS)にCrew 149の一員として参加した経験を持つ。

目次

第1章 マルス計画
第2章 民営化する宇宙開発競争
第3章 ロケットは楽じゃない
第4章 疑問にお答えします
第5章 火星の経済学
第6章 火星で生きる
第7章 地球に似せて火星を造る
第8章 ゴールドラッシュの再来
第9章 最後のフロンティア

著者紹介

  • [著者紹介]
    スティーブン・ペトラネック(Stephen Petranek)
    40年以上にわたる出版の仕事のなかで、科学、自然、テクノロジー、政治、経済といった分野で優れた著作を発表し、数々の賞と栄誉に輝いている。世界最大の科学誌『Discover』編集長、『ワシントン・ポスト・マガジン』編集部、タイム社の雑誌『This Old House』創刊編集長、雑誌『ライフ』の科学部門編集長、ワイダー・ヒストリー・グループ社の歴史雑誌10誌の共同編集長を務めてきた。初めてのTEDトーク「世界が終わってしまうかもしれない10の方法」は100万回以上再生。現在編集委員を務めている『Breakthrough Technology Alert』は、真の価値を生み出し、人類を進歩させる良い投資機会だと思っている。

    [訳者紹介]
    石塚政行(いしづか・まさゆき)
    東京大学人文社会系研究科博士課程の学生。専門は言語学、バスク語。

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