不確かな医学

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    不確かな医学
判型:B6判変型 / ページ数:136ページ / ISBN:9784255010366 / Cコード:0095 / 発売日:2018/01/15

不確かな医学

シッダールタ・ムカジー 著 / 野中大輔 定価: 1,485円(本体1,350円+税)

在庫: 在庫あり

バイアスという名の病と、うまく付き合っていくために。

医学はそもそも科学だろうか?——かつて若き研修医だった著者はその後の医師人生を変える1冊に出会い、普遍的な「医学の法則」を探し始める。事前の推論がなければ検査結果を評価できない。特異な事例からこそ治療が前進する。どんな医療にも必ず人間のバイアスは忍び込む。共通するのは、いかに「不確かなもの」を確かにコントロールしつつ判断するかという問題。がん研究の歴史を描いてピュリツァー賞も受賞した医師が、「もっとも未熟な科学」の具体的症例をもとに、どんな学問にも必要な情報との向き合い方を発見する。

Small books, big ideas. 未来のビジョンを語る。
人気のTEDトークをもとにした「TEDブックス」シリーズ日本版、第10弾。

本書の著者、シッダールタ・ムカジーのTEDトークは以下のTEDウェブサイトで見ることができます。
www.TED.com(日本語字幕あり)



「私は、医学がこんなにも法則のない、不確かな世界だとは思ってもみませんでした。小帯、耳炎、糖分解などと、まるで取りつかれたように身体部位や病気や化学反応に名前を付けていったのは、自分たちの知識の大部分は本当は知りえないものなのだという事実から身を守るために、医者が生み出した仕組みなのではないかと勘ぐるほどです。こうしたおびただしい数の情報によって、より本質的な問題が隠れてしまっています。それは、情報知と臨床知との融合です。この2つの領域にある知を融合するための道具立てを見つけられないか——そうした模索が本書のきっかけです。この本の中で『医学の法則』と呼んでいるものは、実際には不確かさ、不正確さ、不十分さにまつわる法則です。このような『不』の力が働く知の分野なら、何にでも当てはまります。それは不完全性の法則なのです」(本書より)




【解説】

科学の灯り  江本伸悟


 ふたつの無知があるように思う。何かを知らないままでいる無知と、何かを知ったことで生じる無知と。人が科学を営み始めたのは、このうち前者の無知に気が付いてのことだった。それは、自分が薄暗闇を生きていると自覚した人々にとっての、世界を照らしだす光であった。

 科学の光の強力さについて今更紙面を費やす必要はないだろう。ここで想いを寄せたいのは、こうした光の影となり、その姿が見え難くなってしまったものについてである。街灯の下で腰を屈め探しものをしている男に「この辺りに落ちているのは確かなのかい」と聞くと「いや、そうとも限らないんだが、なにしろ明かりの下でしかものが見えないんでね」と答えた滑稽噺がある。僕がこの小噺を無邪気に笑えないのは、そこに思わず現代人の姿を重ねてしまうからだ。科学の明かりは、却って人々を盲目にしてはいないか。明るみばかりに人の視線を釘づけて、暗がりに対する視力を奪ってしまってはいないか。

 問題は、科学の下で見失われつつあるものが一体何であるのか、それが漠として判りにくい点にある。街灯の男はまだしも、自分が見失ってしまったものの何であるかをしかと認識していた。一方、科学の知識が積み重なるなかで、いつしかそこに埋もれてしまったものの姿を正しく見定めることは、そう簡単ではない。そこにあったものは野辺に咲く草花の美しさだったかもしれないし、あるいは伝統や文化に含まれる無言の知恵だったかもしれないが、一度隠れてしまえば、その正体はもう分からない。人は、自分が何を失いつつあるのかすら分からないままに、それを失ってゆくことになる。現代人の抱える漠然とした不安と喪失感の根っ子が、少なくともその一端がここにある。

 人は何かを知ってしまった影で、何かを忘れていく。知らずにいれば無知であるが、知ってしまえばまた無知に至る。このジレンマ故に、知るということは難しい。照らす明かりが強いほどに、影はいっそう暗くなる。影に隠れたものを忘れない知とは、そもそも影を作らない光とは、一体どんなものだろう。局所を照らす街灯ではなく、世の全体をほのかに照らす月灯りのような科学は、果たして可能なのだろうか。

 本書の著者であるシッダールタ・ムカジーもまた、医者として多くの患者に接するなかで、医学の光が如何にあるべきかを問い続けてきた人なのだろう。著者は「医学の法則」の候補として例えば、検査の数値だけで患者の病気を特定するのは不可能だということを挙げる。検査に先立ってまずは患者の病気に当たりをつけなければならない。そのとき必要とされるものは、患者との対話のなかで生まれる直感的な判断である。これは不十分な情報に基づく不確かな判断ではあるが、それなしには患者の病気の推定すらできないのであると。

 法則と呼ぶには幾分頼りない言葉である。しかし恐らくそれこそが著者の意図するところなのだ。余りにも強い法則は、その光の影に多くのものを覆い隠してしまう。だからこそ著者は、医学を体系化したり普遍的な法則に還元したりしてしまうのではなく、むしろ医学の不確かで、不正確で、不完全な姿をそのままに「医学の法則」として押し固める道を選んだのであろう。そこには、医学の法則を弱くやわらかな光に留めんとする意思がある。医学の法則の在り方に対する著者のこうしたメタ的な信念こそが、本書に込められている最も大きなメッセージである。

 こうした著者の姿勢に、僕は誠実なものを感じた。一方、読了後そこにある種の不満が残ったことも本当である。本書に示された法則の焦点はどこまでも「病気の特定」に向けて絞られており、光のやわらかさはあくまで「病気」を見逃さないためのものなのだ。そうした光のもとで、患者は単なる「病気の担い手」と化してしまい、生きた人間としての姿は脇にぼやけてしまっている。

 もちろんこれは、いちゃもんである。それを敢えて記すのは、この不満が本書の著者や医学の在り方を超えて、科学の在り方、その担い手である僕自身にまで戻ってくるものだからである。科学はこれまで、この世界の物質的側面ばかりに偏って光を照射してきた。それが西洋医学に受け継がれ、人間自身にはね返ってきたとき、その光の冷たさに人は改めて気付く。科学の成果を否定することは無論できないが、その光のもとで自身が物質化されることにも我慢ならない。そうして人が自分事として科学と格闘できる場所、その最前線こそが、医療の現場なのである。僕たちはそこで、精神の次元を回復することができるだろうか。

 科学は物質と精神とを峻別する二元論を基礎とする、とはよく言われることである。しかし科学者としての実感からすると話は逆で、科学による光と影の境界線が実体化され、固定化されてしまったところに、物質と精神との二分が生まれてくるのである。だとすると問題はやはり、科学の光の在り方にこそある。物質と精神とを明暗に分かつことなく、生きた自然のまるごとを照らす灯りを、どのようにして作ろうか。

えもと・しんご 学者。1985年生まれ。東京大学大学院にて博士号(科学)を取得。現在は私塾・松葉舎を主催。ファッションやダンス、芸能など様々な分野の専門家と共同して生命や意識の問題に取り組んでいる。

目次

イントロダクション
法則1 鋭い直感は信頼性の低い検査にまさる
法則2 正常値からは規則がわかり、異常値からは法則がわかる
法則3 どんなに完全な医療検査にも人間のバイアスはついてまわる

著者紹介

  • [著者紹介]
    シッダールタ・ムカジー(Siddhartha Mukherjee)
    がん専門の内科医、研究者。著書は本書のほかに『病の皇帝「がん」に挑む——人類4000年の苦闘』(田中文訳、早川書房)がある。同書は2011年にピュリツァー賞一般ノンフィクション部門を受賞。コロンビア大学助教授(医学)で、同メディカルセンターにがん専門内科医として勤務している。ローズ奨学金を得て、スタンフォード大学、オックスフォード大学、ハーバード・メディカルスクールを卒業・修了。『ネイチャー』『Cell』『The New England Journal of Medicine』『ニューヨーク・タイムズ』などに論文や記事を発表している。2015年にはケン・バーンズと協力して、がんのこれまでの歴史と将来の見通しをテーマに、アメリカPBSで全3回6時間にわたるドキュメンタリーを制作した。ムカジーの研究はがんと幹細胞に関するもので、彼の研究室は幹細胞研究の新局面を開く発見(骨や軟骨を形成する幹細胞の分離など)で知られている。ニューヨークで妻と2人の娘とともに暮らしている。

    [訳者紹介]
    野中大輔(のなか・だいすけ)
    1985年生まれ。慶應義塾大学卒業、同大学大学院修士課程修了。現在は東京大学大学院人文社会系研究科博士課程に在籍しながら、杏林大学(医学部・外国語学部)非常勤講師、国立国語研究所非常勤研究員、河合塾K会講師として働く。専攻は言語学、英語学。『明解言語学辞典』(三省堂)、『広辞苑 第七版』(岩波書店)の項目執筆に携わる。

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