マーク・クシュナー
牧 忠峰 訳
建築を考えることは、未来をつくること。
建築をシンプルに問うことが、より良い未来をつくる。
NY発の人気建築サイト「Architizer.com」を主宰する建築家が、世界中の多彩な建物を100件選び解説。
2016年10月15日発売
B6判変型/180ページ
本体1,500円+税
共同設立した建築事務所HWKNで建物を設計しながら、自らが運営するウェブサイト Architizer.com で世界中の建物を紹介している。両者に共通するミッションは、公衆と建築とのつながりを取り戻すこと。彼の考えの中心にあるのは、たとえ本人が気づいていなくても、建築は誰の心にも響くものであり、実はみんな建築が好きだということである。新しい形のメディアによって、建物やインフラなどの人工的な環境の構築に人々が主体的に関われるようになった。それはつまり、今よりも優れた建物が都市を良くしていき、そして世界までも良くしていくことを意味している。
1974年生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了。専攻は日本建築史。建設会社勤務の後、日本の伝統建築の良さを海外に伝えるために翻訳業に転身。主な専門は建築や観光だが、環境系やマーケティング系など幅広くカバーする。日常業務のかたわら、ウェブサイト art.kyoto.jp で、日本の古建築や庭園の魅力を発信。
建築家たちが集まると、かなりの確率で建築談義が始まる。その内容はとてもまじめであり、難しい用語が飛び交うものになりがちだ。共通しているのは、少しでも良い建築を世の中に実現させたいという想い。しかし、その「良い建築」の価値観がそれぞれ違う。だからいつまでも議論が続く。いわく「内部と外部をひっくり返して」「建築の断面をそのままファサードにして」「レイヤーによって虚の透明性が立ち現れるから」など。
さらに議論が続くと、「あの人の建築には批評性がない」「彼の理論は立派だけどできたものがつまらない」など名指しで批判が始まったりする。繰り返すが、いずれも「良い建築」を設計するための議論である。
その結果として、こうした議論で批判されないように設計しようとする人が現れることになる。建築界における批評に耐えうる建築を設計したいと考える人が出てくる。そうでないと建築雑誌に掲載されないし、掲載されないと次の仕事が舞い込んでこないと考えてしまうのだろう。
先日、ふと「自宅を設計してもらうとしたら誰に頼もうかな」と考えてみた。もちろん自分で設計してもいい。しかし残念ながら今は他にやりたいことが多すぎて、自分で設計する時間を生み出すのが難しい。
建築界にはたくさん友人がいる。ひとりずつ顔を思い浮かべてみるが、同時に各人の主義主張も思い浮かんでくる。それが極めて建築家的であり、まじめなんだけど私の生活にはあまり関係のない話ばかりであることに気づく。内部と外部をひっくり返してもらわなくていいし、断面をそのまま表現に使ってもらわなくていいし、虚の透明性を追求してもらわなくていい。そうじゃなくて、もっと普通に「いいねぇ」と感じられる空間を実現してくれる人に頼みたい。もちろん予算内に収めてほしいし、エネルギー効率を高めてほしいし、本物の材料を使ってほしい。余計なことをしなくていいし、建築雑誌に掲載しなくていいし、ましてや建築雑誌に掲載されるような「批評性を持った住宅」にしてくれなくていい。
一方で、建築の設計者ではない人たちは、それぞれの言葉で建築を批評し続けている。本書の著者が指摘するとおり、一般の人たちがソーシャルメディアを通じて写真と言葉による建築批評を繰り返しているのだ。いわく「これマジやばい!」「この場所、なんかヤな感じ」など。こうした無数のつぶやきが建築家たちの目や耳に触れれば、少しずつだが建築界における批評のあり方が変わってくるだろう。きっと、これまでよりはわかりやすくなるだろうし、現実的な内容になるだろう。
こうした動きを加速させるためには、建築をもっとわかりやすく説明する必要がある。建築界独特の批評言語を使うのではなく、一般の人たちが知りたがっている言葉で建築を説明するのだ。そうすれば「すごい!」とか「そんなことしなくていい!」とか「こんなことできない?」といった具体的な反応が増えるはずだ。
本書はそのきっかけをつくろうとしている。著者は読者に対して「建築にもっと多くのことを求めてほしい」と願っている。だからこそ、読者が建築について考えるための質問を列挙しているのだ。それらは、「建築はがんとの闘いに役立ちますか?」「超高層ビルは身を屈められますか?」「建物は嵐から逃げられますか?」などである。
こうした質問に対して、建築的な工夫をわかりやすく説明した後、一定の結論を示している。いわく「建築も治癒の手を差しのべられる」「新たな市民参加は、新たな形を生む」「地球は変わりつつある。建築も変わらなくてはならない」など。
こうしたわかりやすさは重要である。なぜなら、ここから読者の思考が始まるからだ。「それができるならこれは?」「こんな建築は可能?」など、社会的な課題や個人的な想いを建築によって解決できるかもしれないと考え始める。家族や友人と語り始める。知り合いの建築家に相談し始める。
建築家は、建築界における批評に耐えうる作品をつくったから仕事を増やしてきたわけではない。なぜなら、批評し合っている建築家たちはお互いの施主になりえないのだから。かつての建築家がそうやって仕事を増やしてきたように見えるとしたら、それは建築の仕事が全体として増えている時代だったからだろう。その時代は、建築批評と関係のないところで設計していた建築家も同様に仕事を増やしていたはずだ。
日本ではすでに人口が減ってきている。今後は世帯数も減る。それでも建築家の仕事を増やしたい。さまざまな課題を解決する美しい建築を世の中に増やしたい。そのためには、一般の人たちが「建築家に相談だ!」と思う機会を増やさねばならない。
わかりやすく建築の魅力を伝える本書は、建築家が活躍する機会を増やすことに貢献するだろう。一般の人たちはもちろんのこと、建築家自身にも読んでもらいたい本である。
やまざき・りょう studio-L代表。東北芸術工科大学教授。1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院および東京大学大学院修了。博士(工学)。建築・ランドスケープ設計事務所を経て、2005年にstudio-Lを設立。地域の課題を地域に住む人たちが解決するためのコミュニティデザインに携わる。